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マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

チェーン店での
マクドナルド

第一号店

シカゴ イリノイ州

現在博物館に成っている

シカゴ郊外にあり
開店当時の場所に

改築に改築を続けて
1984年に
レプリカとして
建て直された

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

 博物館、夏場のみ一般開放されており入場料も無料「マクドナルド・ミュージアム」

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

マクドナルドの歴史

最初のマクドナルドはアメリカ合衆国・カリフォルニア州サンバーナーディノでマクドナルド兄弟が1940年に始めたものである。

この後有名な「スピード・サービス・システム」のキャッチフレーズと、工場式のハンバーガー製造方法、

そしてセルフサービスの仕組みにより、第二次世界大戦後の1948年以降、特に有名になった。

当初は、スコットランド系のマクドナルド兄弟が開いた店舗はハンバーガー店ではなかった。

ハンバーガーもマクドナルド兄弟の発明品ではなく、それ以前から米国全土にあった料理だった。

にもかかわらず、その後の世界展開により広く認知されるようになったことから、マクドナルドはしばしばハンバーガーの代名詞ともされる。

レイ・クロック

1954年に、ミルクシェイク用ミキサーのセールスマンで、ボヘミアユダヤ系の企業家のレイ・クロックが、ミキサーを売りに兄弟の店にやってきた時、

マクドナルドの仕組みについて興味を持った。

特に興味を持ったのは客席の回転率が大変高く、相当数の人数の客を次々とさばけることだった。

すっかり感心したクロックは、ミキサーのメンテナンスで食堂にやってきた時、

システムをフランチャイズ形式にして、システムそのものを売る商売を始めてはどうかと勧めた。

兄弟は「自分たちのためにこの店をやっているだけで、フランチャイズをするつもりはない」と消極的だったが、

クロックが交渉を粘った末に「兄弟はこの店以外干渉しない」「クロックはこの店には干渉しない」「マクドナルドという名とシステムは、クロックが事業に使う」で合意、

兄弟が要求した契約金もかなり高かったものの、クロックの野望は第一歩を踏み出す事ができた。

クロックはマクドナルドを売り込むために熱心に働き、近々できるディズニーランドの中にマクドナルドの食堂を入れるよう、時

ウォルト・ディズニーにも直接会って積極的に売り込んだ。

この試みは失敗したが、クロックは、イリノイ州デスプレーンズに最初のフランチャイズ店を出店し、即大成功となる。

さらに1955年3月2日、新しい会社マクドナルドシステム会社を作り、同年4月15日にクロックが直営店1号店をシカゴにオープンさせた。

1960年には、社名をマクドナルドコーポレーションに変更した。

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

ロナルド・マクドナルド

クロックのマーケティング戦略のうちの一つは、家族向けの店舗にすること。

特に子供を商売の対象とすることだった。

1960年代初め、首都ワシントンでマクドナルドのフランチャイズ権をとって営業していたオスカー・ゴールドスティンが、ウィラード・スコットというクラウン(道化師)が

所属するBozo’s Circus(荒くれ男のサーカス)という名の出し物のスポンサーについた。

この出し物が中止されると、ゴールドスティンはマクドナルドのマスコットキャラクターとしてウィラード・スコットを雇い、

そのキャラクターはマクドナルドにちなんで「ロナルド・マクドナルド」と命名され、ウィラード・スコットはロナルド役で1963年から約2年間コマーシャルに出演した。

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

マクドナルド フランチャズ1号店 シカゴ

2011年には、550超の団体が対し、肥満の抑制のためにロナルド・マクドナルドの引退を要請している。

ロナルドは求められていた役に比べて少々太り気味だったが、このキャラクターが広告に出ることにより、マクドナルドのチェーン店は米国全土に広がった。

続いてロナルド以外のキャラクターも開発されていった。

McDonald’s #1 Store Museum
400 N. Lee Street Des Plaines, IL 60016

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