ラスベガスの歴史に残る3人

ラスベガス

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ベンジャミン・シーゲル
アメリカのギャングで、ラスベガスの開拓者フラミンゴホテルの創業者。

通称はバグジー、ばい菌、害虫といった意味彼自身はこの名を忌み嫌っていた。性格は荒っぽく気分屋で社交的で女好き。

身長は180cmを超す長身で顔は映画スター並のハンサムだった。

彼は服装には気をつかい、破格の200ドルもするスーツを着て、シャツはハンドメイドでシルクのもの、整髪にも手を抜かず。指にはマニキュアをしていたという。

身体もジムに通い鍛えていた。ナイトクラブやレストランでは気前もよくウェイターにはチップを渡していたと云う・・・

ハワードヒューズ
1905年、岩石掘削の油田ドリルで莫大な資産をなしたハワード・ロバード・ヒューズのひとり息子、テキサス州ヒューストンに生まれる。

叔父に当たるルパート・ヒューズは、作家であり映画監督であった。

1919年、14歳ではじめての飛行訓練を受ける。いつかは世界一のパイロット、世界一の映画作家、世界一の大金持ちになると宣言している。

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オリジナルのフラミンゴ・ホテル

1966年、TWA株を5億4600万ドルで売却してラスベガスへ移り、ホテルの最上階のスイートルームに住んだ。

他のホテルや、ラジオ局、テレビ局、カジノ、土地など、ラスベガスの主要な施設を次々と買収した。

彼の奇行の噂が広く知られるようになる、ヒューズは、ラスベガスのホテルから出ようとせず、乗用車には空気清浄機を取り付けていたという。

テレビ局を買収したのは、不眠時に映画を見るためで、映画の途中で居眠りしてしまったときは、テレビ局に電話をかけて見逃したところから再放送させたというエピソードもある。

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ベラージオ・ホテル

スティーブ・ウイー
現在のラスベガスのスタイルを確立した男。彼は宿泊客以外のラスベガス観光者を無料のアトラクションでカジノにひきつけ、

テーマ・ホテル(大人のデズニーランド)と最高の料理とショーで最高の満足感を与え、その結果カジノに金が落ちると判断し大成功。

彼はエンターテイメント性を強めた、海賊や、宝島をテーマにしたトレジャーアイランドをミラージュ隣、ベラージオに建設。テーマホテルの全盛期を彼は造り上げた。