ルート66アメリカ横断 大全集 ルート66写真家 Ken Kanazawaが徹底解説、ルート66の全てがここにある

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ルート66 マクリーン

ルート66・マクリーン

ルート66・マクリーン

ルート66・マクリーン、テキサス州
McLean Texas
コマンチ族とキオワ・インディアンの先祖であるパレオ・インディアンは、10000年以上前からこの地で生活し、南部の平野で水牛を狩りていた。米国がテキサス州を併合した後、戦争が始まりインディアンは居留地区に移された。西部開拓者にこの土地を取られてしまった。

シカゴ・ロックアイランド&ガルフ・レイルロードでの牛の配送拠点として出来た町で、鉄道作業員と牧場主達が住み始めることで街は発展していった。人口は約830人ルート66の田舎町 。

1878年にペルーからアメリカへ移住して来た、イングリッシュ牧場のオーナーのアルフレッド・ロウは、タイタニックの沈没事故の後、1901年に町の発展の為牛を鉄道で運ぶ駅のローディング・ストップの土地を寄付した。

ルート66・マクリーン

ルート66・マクリーン

チョクトー、オクラホマ州とテキサス州の鉄道会社が水の井戸を建設。1836年から1925年判事ウィリアムP.マクリーンにちなんで命名された。テキサス州議会と鉄道委員会 が出来町は急速に成長した。

その後街はどんどん発展し、1902 年には郵便局、翌年には銀行、馬の預かり所、幌馬車の停車場、カフェ、材木屋などが出来た「マクリーン・ニュース」と呼ばれ新聞も発行されていた。

1904年マクリーンは、3つ店舗、銀行、2 つのワゴンヤードとリバリー厩舎、貯木場、新聞、マクリーンのニュースがあった。 風車はメインストリートの真ん中で水を汲み上げて市民は樽やバケツで水を供給した。

1909年町は市長C.Sライスが就任し街は独立し農業の中心地と成り、豚やすいかの出荷が貨車で行われ、更に街は発展した。 街のランドマークでもある給水塔と廃墟が印象的。

1927年ルート66が開通した。当時はオイルブームに湧きその大きな配送拠点と成り、オクラホマが拠点のフイリップス・ペトロリュウーム・カンパニーが、テキサスで最初のガソリンスタンド、フィリップ66・ステーションが設置され街を構築した。観光客の為の宿場町だけでなく、油、畜産、農業加工と出荷の為町は繁栄した。

ルート66・マクリーン

ルート66・マクリーン

1940年までに人口約1500人の増加し、6つ教会、59の企業、新聞社が出来町は繁栄した。

1942年から1945年に町の北東にドイツ人の捕虜収容所は建設され、3000の建物が建設された。

テキサス州、アマリロとパンパは 、マクリーンを超え町のサイズは徐々に減少し始めた。1982 年にバイパス I-40の建設がはじまると、ビジネスオーナー達は猛反対。

それで建設が遅れルー66に置き換えられ、人口は減少し町は衰退していった。1984 年I-40が完成した、ここが テキサス州 州で最後にバイパス化された町となったが、以降急速に街は寂れていく。

カクタス・イン のオーナー、ペギー・べアー市長は、新しい企業と工場を入れずに、往時の状態を出来るだけ再現する政策を行い「砂漠のオアシス」と呼ばれている。約830人の住民に対しべアー市長他 5人の女性市会議員、又裁判官から郵便局長まで殆どの重要な役職を女性がこなしている事で有名。

ルート66・マクリーン

ルート66・マクリーン

デビルス・ロープ・ミュージアム Devil’s Rope Museum
アメリカでは第二次世界大戦の終わりに、425000人以上の511か所のエリア・キャンプ、175か所のブランチ・キャンプ・サービスがあった。

殆どが経費節減の為南部に集中したが、ネバダ州、ノースダコタ州、バーモント州にも拡大しすべての州に捕虜収容所があった。

キャンプの中には「分離キャンプ」に指定し、ナチズムと分離する為アメリカ人は捕獲者との友好にあり囚人を殺さなかった。

フィリップス66  Phillips 66
1927年、フィリップス・ペトロリアムがテキサス州のマクリーンに最初のガソリンスタンド、フィリップ66・ステーションが設置された。

アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンに本社を置く石油精製と石油製品の販売会社である。ニューヨーク証券取引所上場企業であり、常時フォーチュン500会社でもある。

フィリップス66は石油精製所も持ち、各地のガソリンスタンド、Phillips 66、76、Conoco等を通して石油製品の販売を行なっている。

フィリップス66は1917年にフランク・フィリップスが創業のフィリップス石油の事業として始まり、「Phillips 66」ブランドは1927年に新しいガソリンをルート66でテストした際に毎時66マイルに達したといわれる時に始まっている。

ルート66・マクリーン

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「76」はもともと1932年からユノカル社 Union Oil of California 所有のブランドで、この名称はアメリカの独立した1776年に由来するといわれる。ユノカル社のガソリンスタンドにはオレンジの円球に青色で「76」と書いた表示が建っていた。

カクタス・イン・モーテル
ルート66はマクリーンのメインストリートで旅行者の為のダイナー、カフェ、レストランを提供した。ほとんどは閉鎖されていますが唯一カクタス・イン・モーテルが残っている。1956年に建設され50部屋があり、モーテルのサインはサボテンのような形をしている。


Address  101 Pine St, McLean, TX 79057 Tel  (806) 779-2346

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