ルート66アメリカ横断 大全集 ルート66写真家 Ken Kanazawaが徹底解説、ルート66の全てがここにある

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ルート66  チキンボーイ

ルート66チキンボーイ

ルート66チキンボーイ

ルート66  チキンボーイ Chicken Boy
「ロサンゼルスの自由の女神」

チキンボーイは、 ロサンゼルスのカリフォルニア州ハイランドパークのノースフィゲロア通りにある歴史的なルート66のランドマーク像で「ロサンゼルスの自由の女神」と呼ばれている。

6.7mの高さのファーバー・グラスの像は、 アーノルドシュワルツェネッガー 州知事によって2010年の知事の歴史的遺産保存に登録された。

ルート66チキンボーイ

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チキンボーイの歴史
元々チキンボーイは、1960年代にロサンジェルスのグランドセントラルマーケットの近くの4番街と5番街の間のブロードウェイ(歴史的ルート66)のロサンゼルスのダウンタウンのフライドチキンレストランの上に最初に置かれていた。

当時、カリフォルニア州ベニスの International Fiberglass Companyは、屋外広告として使用する為に、広告塔のポール・バニヤンとマフラーマンの彫像を製造していました。

ロサンゼルスのチキンレストランは1つを購入しカスタマイズするアーティストを雇い、人の頭を置き換え鶏の頭が作られました。斧を持つオリジナルではなく、頭部を再加工した。

レストランのオーナーが死亡し閉店する1984年まで、ロサンジェルスのダウンタウンの像はそのまま残っていましたが、日系人のアーティストのエイミー・井上の保護活動により、適切な場所が見つかるまで保管されました。

ロサンゼルスのアートディレクターであるエイミー・井上「Amy Inouye」のイノウエのデザイン会社、フューチャースタジオは、像を支えるのに商業スペ​​ースに十分な強度の屋根を強化し2007年に5558 North Figueroaに移転しチキンボーイを保存している。又、チキンボーイの像は、地域社会の資金等の努力を受けている。

ルート66チキンボーイ

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ルート66の巨人「マフラーマン」Route66 Muffler Men
ラスベガスからから車でルート66に出かけると、街中や道路沿いに、巨大像を目にする。色んな種類があるが、基本的には表情や風貌が全く一緒で大男の姿は、現在アメリカ各地に何百と存在している。

マフラーマン当時の普及率に比べ、現在アメリカ全土のマフラーマンの生き残りはたったの20%程。その中のいくつかは、全米にあり、ルート66にもしっかりと残されていている。マフラーマンの中には、名前を与えられているものもあり、これは人々のから愛されている。

同鋳型は、カンパニーの廃業後に失われてしまい、もう2度と同じマフラーマンを制作する事は出来ない。アメリカでマフラーマンの姿が消え去っていく今日に成り、どこかに隠れている鋳型パーツの数々、そして不必要となってしまったマフラーマンが、コレクターズアイテムとしてそれぞれ1万〜2万ドルという高値で取引されている。

1960年代、南カリフォルニアのベニスにあった「インターナショナル・ファイバーグラス・カンパニー」が、とあるガソリンスタンドの広告塔としての巨大像を制作する際に「ポール・バニヤン」と呼ばれる架空の民話主人公をモデルとしたのが始まりだ。

ルート66チキンボーイ

ルート66チキンボーイ

巨人「マフラーマン」は、ファイバーグラス製で高さ5m〜8mある。半袖シャツが包む逆三角形の胴体、がっしりと踏ん張る足、遠くを見つめるまなざしが特徴。前に出された両腕の、左手のひらは下向き、右手のひらは上向きという像。

8mの巨人であるポール・バニヤンは、架空のアメリカン・スーパーヒーローをモデルとして「木こりの労働者」として描かれており、大きな斧でばっさばっさと木を切り倒し人々を助ける、アメリカ市民のヒーロー的存在として語り継がれた。そのため、斧を持つ両手を表すのにこのような腕の形に仕上り、後にこの鋳型が使い続けられた。

1960年代、南カリフォルニアのベニスにあった「インターナショナル・ファイバーグラス・カンパニー」が、ガソリンスタンドの広告塔としての巨大像を制作し架空の民話「ポール・バニヤン」の主人公をモデルとしたのが始まりだ。

8mの巨人ポール・バニヤンは、おとぎ話の中で「スーパー労働者」として描かれ、大きな斧でばっさばっさと木を切り倒し人々を助ける、アメリカ市民のヒーロー的存在として語り継がれた。斧を持つ両手を表すのにこのような腕の形に仕上り、後にこの鋳型が使い続けられた。

ルート66・マフラーマン

ルート66・マフラーマン

あまりの大きさに一目を引くこの広告塔に、他の自営業の人々も興味を示した。沢山の業者から依頼を受けたインターナショナル・ファイバーグラス・カンパニーは、同じ鋳型を使い、時には頭や腕だけに違った型を利用して、バリエーションあふれるマフラーマンを制作した。

ホットドッグマン、カウボーイ、パイレーツ、ゴルフプレーヤー、フットボールプレーヤーなど、ありとあらゆるビジネスの広告塔が誕生。中でも、車修理工のための、車のマフラーを持つバージョンが幅広く利用されたため、現在になり「マフラーマン」という呼び名が付いたのだ。

当時、マフラーマンが$1000〜$2800という予算で制作され、ロードサイドの、特にルート66周辺のビジネスをサポートする顔としてアメリカ全土に設置された。1973年の石油危機の影響とファイバーグラスの危険性により需要が激減。生みの親であるインターナショナル・ファイバーグラス・カンパニーは1976年に廃業した。

数々の賞 を受賞
カリフォルニア州サクラメント知事の歴史的保存賞  2010年
コミュニティ美化グラント、ロサンゼルス市  2005年~2006年
ハイランドパーク遺産保護賞  2009年~2010年
ロサンゼルス市表彰  2009年
サクラメントカリフォルニア州議会表彰

Address 5558 N Figueroa St, Los Angeles, CA 90042

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