ルート66アメリカ横断 大全集 ルート66写真家 Ken Kanazawaが徹底解説

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ルート66 デバンポート

ルート66カヌート

ルート66カヌート

ルート66 デバンポート オクラホマ州
リンカー・カウンティー

デバンポートはオクラホマ州リンカーン郡の中心部に位置しています。 チャンドラーの12km東 標高 257 m  人口約896人。町が成長し始め、最初の新聞、デバンポート・リーダーが1904年5月5日にWHボナーによって出版された。

小さな町は1906年に町が設立された。最初の女性郵便局長 ニッティー・デバンポートから町の名前が付いた。毎年母の日の前の土曜日を ニッティー・デバンポート・ディとして記念日のお祝いをしている。

1890年代には、いくつかの綿花産業、穀物工場、製粉工場、鍛冶屋屋、一般店など、数多くの企業が町に設立されました。 1898年、セントルイスとオクラホマシティ鉄道(後のセントルイスとサンフランシスコ鉄道)は農業貿易センターと外部市場を結びつけました。

ルート66カヌート

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1907年、 オクラホマが州になった時、デバンポートは人口512人に成った。 当時、デバンポートはBroadway Streetに沿って2ブロックのレンガ造りの建物が出来、 2つの銀行、2つの綿ジン、2つの木材会社、7つの一般/乾物店、4つの教会、新聞、電話交換局があった。

1924 年に原油が見つかった時に、再度 オイル・ラッシュが起こったが、数年間だけでメインストリートには 1930 年代に営業をやめたレンガ工場のレンガが、いまだに敷かれている。

1925年の球形Magnolia Oil Co.貯蔵タンクです。これは世界で初めての円形油田タンクです。ダヴェンポートは、1924年に州最大の石油ブームが起こり、現在でも大量生産をしている。

Broadway Ave.( 1928年〜)と7th St. の ルート66を南へ曲がると、1930 年以前のポートランド・セメントの古い道がある。

ルート66 デバンポート オクラホマ州

ルート66 デバンポート オクラホマ州

この古風な趣のある小さな町だけれど、人気の Dan’s B,B,Q, やGar Wooly’s 66 Café には人気のレストランでわざわざ食べに来る人達も多い、自然と肥沃な農場や牧場に囲まれ、家族が生活するには理想的な街と言われている。

ランドラッシュ  Land Rush
1889年4月22日にアメリカ政府が入植を解禁したオクラホマに白人が未開の土地を求め殺到した。

アメリカ合衆国が成立し、白人による北アメリカ大陸入植が本格化すると、先住民であるインディアンたちは白人たちに武力で打倒され、強制的に移住させられた。

アメリカ合衆国政府はインディアンに対して代替地としてオクラホマ(インディアン準州)を提供し、その所有権を永久に保証した。

その結果、チェロキー族など各地のインディアンが「涙の踏み分け道」と呼ばれる苛酷な旅程を経てオクラホマへと移住してきた。

ルート66 デバンポート オクラホマ州

ルート66 デバンポート オクラホマ州

1848年のゴールドラッシュ以後、大陸横断鉄道が敷設され、アメリカからフロンティアが消滅すると、白人投資家や鉄道会社などはオクラホマへの入植をアメリカ政府に要望するようになり、ロビー行為が行われた。

アメリカ政府はインディアンとの約束を破ることになるため入植を許可しなかった。

1886年のアパッチ族との戦いを最後に、インディアンとの戦いが終息すると、彼らとの約束を無視するかたちで政府がオクラホマ入植を認める事に成った。

1889年4月22日の正午を境にオクラホマへの白人の入植が認められた。15ドルの入植手続き料を支払った人々がオクラホマとの境界に集まり、正午を告げる号砲が鳴ると一斉にオクラホマへと乗り込んでいった。彼らは一人当たり65ヘクタールの土地を手に入れる事ができた。

ルート66カヌート

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入植以前にも「スーナー (Sooner)」と呼ばれる抜け駆けが現れ、それを政府当局が取り締まるなど入植には混乱があったものの、1907年までにはオクラホマへの白人移住が完了する。オクラホマにおけるランドラッシュは5度起こっている。

1889年のランド・ラン1889年4月22日正午にスタートした入植競争。南軍に大部分がついたクリーク族とセミノール族が、オクラホマ中央部の土地を南北戦争終結後に合衆国に割譲させられたが、この土地(アンアサインド・ランド)には他のインディアンが住んでいなかったため白人から入植を求める声が高まった。

ホームステッド法に基づく最初の入植が認められたのはこの地域であった。現在のカナディアン郡、キングフィッシャー郡、ローガン郡、オクラホマ郡などに相当する。

1891年9月22日のランド・ラン。アイオワ族、ソーク族、フォックス族、ポタワトミ族、ショーニー族の土地への入植。

1892年4月19日のランド・ラン。シャイアン族、アラパホ族の土地への入植。

1893年9月16日のランド・ラン。チェロキー族の国であったチェロキー・ストリップと呼ばれる広大な土地(28,000平方kmほど)が約7百万ドルでチェロキー族の手を離れ入植者に開放された。最大規模のランドラッシュが起こった。

1895年5月3日のランド・ラン。キカプー族の土地に対する入植。

その後オクラホマに石油が発見されるとオクラホマは準州に、さらに後に47番目の州に昇格する。

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